社会人になって感じること。

私は、社会人になって、「自分は生かされている」と意識するようになった。社会人になるまでは、それを意識しなくても良いように親に生かしてもらっていたわけだ。しかし、社会人になると、今この時間も賃金が発生していて、お金を貰っているという責任を感じるようになった。つまり、自分は所属している企業に生かされていると意識するようになった。

同時に私は、自分の意思を持たずに生きることは、生きる意味がないと思ったりしているわけだが、冒頭のような意識の変化は、そのような自分の行動の指針に大きく影響するだろうと感じている。この意識の変化を理解して、自らの意志を失わないようにしたい。ちなみに、意志とは、「あることを行いたい、行いたくないという考え。目的や計画を選択し、それを実現させようとする精神の働き。」と定義されている。


今まで私は、1.マイペースかつ任意で、自らの成長を方向付けできる環境に生きていた。しかし、今は、2.成長することが前提とされ、企業の成長のために自らの成長が方向付けられる環境に生きている。ここで重要なのは、1. , 2. のどちらの環境が良い・悪いということではなく、どちらの場合でも自らの「意志」を持って選んだ環境であるかどうかということだと考える。恐らく、その意志の有無こそが、よく言われる「死んだ魚の目をしている人」、「社畜」とか称される人と称されない人との差だとも考えている。


自分の意思を持って、その環境に身を置いている人が「死んだ魚の目」になるはずがないが、どれだけ良い企業に身を置いていても一見意志に反することがわんさか出てくるのが、社会人であり組織の一員であるということだと思う。なぜなら、組織は、意志を持って決断をする一部の人間とそれに従い行動をする多数の人間によって構成されていることがほとんどだからだ。今までは、自分の決断を自分のためにするだけだったわけだが、そこが逆転する。そこで、ただ指示に従い続けていると、もともとあった意志が失われてしまっても仕方がない。また、指示に対して、いちいち自らの意志を介して、行動しようとしていたら、いつまでたっても業務が進まないし、発狂することになるだろう。。


そこで意志を持って組織で生きていくために必要になると思ったことが2つある。

・1つ目は、これだけは譲れない意志をあらかじめ固定しておくこと。
漠然とした得体の知れない意志と、それを振りかざした外部環境への問題意識を抱えていると、収拾がつかなくなる。組織に言い訳だけはしてはいけないのだ。だからこそ、自分の意志の中で「ここだけは、譲れないこと。」「譲らないことで組織のためにも自分のためになること。」をあらかじめ、固定しておくことだ。そうすることで、自らの意志を持って、その環境でナンバーワンを目指すことが出来るのではないだろうか。自分の色を持って、組織に貢献するということがこれだ。


・2つ目は、意志を持って決めた環境で、ただひたすらやるということ。
今、自分が思っているほど、自分は何も知らないし、出来ない。だからこそ、意志を持って選んだ環境で、考えすぎずとにかくナンバーワンになる意気込みでやり込むこと。この状態が、ずーっとになってしまうと本末転倒だが、ある期間やある成果目標に対して、とにかく愚直にやり込むことで、自分の「できる」が広がり、自分の考える意志や見いだせる価値そのものが新しく発掘されることがある。そこから、自分の新しい「好き」が見つかるかもしれないし、それが「できる」の範囲内になっているかもしれないのだ。


社会人になって感じたこと。そして、意志を持って組織で生きていくための、今現在の私の仮説はここまで。もし、皆さんの考えもあれば聞かせてほしい。

『強み』を活かすということ

皆さんは、自分の『強み』といったものを考えたことがありますか?
私は今回、真剣に考えてみたので、
1.強みとは。
2.私の強み。
3.強みを活かすには。
といったステップで共有したいと思います。


1.強みとは。
そもそも、『強み』とは、、、
「常に完璧に近い成果を生み出す能力」とされています。
(↑これは、ヤバい!)

また、『強み』は、
「才能」「知識」「技術」の3つからなるとされています。

上記のうちでも、「才能」は、一定の年齢からは変えられるものではなく、永続的なものだそうです。
そして、「才能」は、努力して得るものではなく、誰もが当たり前に行っている思考や行動だといいます。

自分からすると当たり前のことが、
他人からしたら努力であり、簡単に出来ないこと、、それが「才能」なのです!

得てして才能は、自分では気づきにくい。。。

自分の『強み』を開花させるには、
☆自分の「才能」をいち早く自覚し、それに従って「知識」「技術」を積み上げることが必要なのです。


例えば、
「マラソン選手は、とてつもない努力と苦しみを乗り越えたことでマラソン選手になれた。」 と多くの人は考えますが、

『強み』を活かすという考え方では、
「マラソン選手は、マラソンに対する努力を継続する行動や思考のパターンそのものが、もともとの資質(その努力を苦として思わない感覚)として備わっていた。」 となるのです。

「資質」(=マラソンに対する努力を苦として思わない感覚)に「知識」「技術」(→マラソンという分野)が組み合わさったからこそ、マラソン選手になるという『強み』を獲得することが出来たと論じている訳です。


この概念に従うと、
様々なスキルアップ術や、キャリア論、教育そのものなど、「知識」「技術」に関わるものは、
「資質」を明らかにした上で見つけるべきことであることが露呈されるのです。


そう考えると、自分の『強み』とは一体何なのか、
興味が湧いてくる訳です。。(笑)

ですが、『強み』とだけ言うと、それらを利用して、自分の望まぬ人生像を描かれるのではないかと考えるかもしれません。
しかし、それは違っていて、そもそも自分が何に喜びや楽しみを感じるか、といった自分だけが感じている生き甲斐を含めての『強み』なのです。そのため、これらを考えることは、自分の能力と同時に、幸せを最大化する指針になるとも言えるのです。

2.私の強み。
今回は、200万人の資質を調査した結果から導かれたストレングス・ファインダーと人間学の1つであるエニアグラムを使って自分の「資質」を導きだしました。

すぐにやってみたい人は、ネットで検索するとでてきます。
参考図書:
・さあ、才能(じぶん)に目覚めよう―あなたの5つの強みを見出し、活かす
・9つの性格 エニアグラムで見つかる「本当の自分」と最良の人間関係

                        • -

★ストレングス・ファインダーから分かった自分の5つの資質は、
「未来志向」…未来に何が出来るかというビジョンが見え、それを心に抱き続ける夢想家。
「最上志向」…平均以上の何かを最高のものに高めることに胸躍らせる。持って生まれた転部の才能を最大限利用したいと考える。
「着想」…皆がなかなか解決できずに居る日常的な問題に対して新しい見方をする。
「目標志向」…目標が自らの羅針盤となり、そのために行動し、行動を効率化したいと考える。
「指令性」…主導権を握り、自分の考えを他人に押し付けることは、苦痛に感じない。課題が人々の間で明確に理解されていることを求める。

エニアグラム
・タイプ8
強さを求め自己を主張する人
自分が正しいと思うことのために全力で戦う戦士。勇気とエネルギーにあふれ、不正や怠惰、虚栄心等を素早く見抜き、それらに毅然と立ち向かう。気取りがなく誠実で、弱者をかばい、守ろうとする。

これらの資質を要約すると、私は
『未来に何が出来るかということを、独自の視点から考えたビジョンを心に抱き、それをいかに実現すべきかというもののもとに行動している。中途半端なことはこのまず、やるからには完璧を目指し、自らが意見を持ち、人々を主導していきたいと考えている。』
といったものでした。

                        • -

もちろん、ここは違うのでは?と思うところもありましたが、
自分が言語化できずにもやもやと考えていたことをズバリ言い当ててくれるので、とても視界がはっきりする感覚がかなり多くありました。

3.強みを活かすには。
普通の自己啓発だったりは、ここで自分が知れて良かったね。で終わりなのですが、
この「資質」なるものをいかにして、『強み』へと昇華していくかが、ミッションなわけです。

自分の場合、これらの資質を関係図で表してみると、このようになりました。

行動の指針として、未来志向と着想は、ほぼ連結していて、未来はこうなるべきだというのが独自のビジョンが生まれる。
そのビジョンが目標志向へと繋がり、その目標に繋がることをやるか、やらないか、それそのことが最上志向に繋がるといった資質の関係図が構築できました。

それに、独立して、自身が人をまとめたい、考えをぶつけたいという指令性とエニアグラムのタイプ8が存在しています。

これらから、
マクロな意味では、
・ビジョンを掲げ、世界を変えるために自らが先頭に立って戦いたいといった資質や野望がある。

ミクロな意味では、
・企画や立案、ゼロから何かを生み出すことを得意とする。

強みの裏返しとしては、
・自分自身で目的が理解できないものや、自分がやるべきではないと思ったことに対しては、とことん価値を見いださないであろう。

それらから、自分が自分のためにやるべきことは、
・自身に対して、明確な目標を掲げること。
・逆算思考で目の前の事象に取り組むこと。

といったように、解釈できました。
今後、上記の抽象度が高いやるべきことをさらに具体化し、実行へと移っていきます。


私は『強み』を活かすマネジメントを、組織として活用するには、相当な労力と時間を割きますが、それ以上のリターンは期待できると思います。

ですが、個人単位での深い理解と、期待、
それに加えて、その考えが組織文化として根付くほどに浸透しなくては、逆効果となるとも考えます。

自分の資質を気づかせてしまった組織は、それを個人のためにも組織のためにも最大限『強み』を活かす苦労と努力を怠ってはいけません。

少なくとも、私個人としては、この自身の強みを活かすといったことについて向き合っていきたいと思います。
ぜひ、みなさんも試してみてください。

さあ、才能(じぶん)に目覚めよう―あなたの5つの強みを見出し、活かす

さあ、才能(じぶん)に目覚めよう―あなたの5つの強みを見出し、活かす


9つの性格 エニアグラムで見つかる「本当の自分」と最良の人間関係 (PHP文庫)

9つの性格 エニアグラムで見つかる「本当の自分」と最良の人間関係 (PHP文庫)

震災から2年。

二年前のこの日、地震と、それによって起きた巨大津波が1万8877人の尊い命をさらっていった。


幸いにも、今、私たちは生きている。
でも、この大災害は、いつ私たちのもとに起きてもおかしくない。

今こうやって生きていることは、決して当たり前ではないと実感させられたのが、この3月11日の出来事でもあった。

一瞬にして大切なものを奪われてしまった人たちがいるということを、私たちは、これからも覚えていなくてはいけないのだろう。

そして、子供たちにも伝えていかなくてはいけないだろう。


私たちは日本人であるのだから。


記憶から薄れることが無いよう、
震災から2ヶ月後に石巻に行ったときの現地の様子を振り返りたいと思う。


石巻の海側の地域は、住宅が全てがれきと化していた。

がれきの山がずっと連なっていた。

家ものこそぎひっくり返っている。

幼稚園は、まるごと津波を被ってしまったようだ。

時計も津波の時間でとまっている。


この幼稚園の人たちは、津波から逃げられたとのこと。
ほんとうに良かった。


こんなひどい目に遭っているのにも関わらず、
「ありがとう、前へ」という言葉が。



被災地では、あれから
新しい商店街も建設されている。
さまざまな復興事業も展開されている。
新しい町づくり企画案を通し、商工会も盛り上がってきている。
日本中が、世界中がその活躍に注目している。


東北は、元気だ。
それは、2年前のあの日を乗り越えてのもの凄く強い力を纏っている。


だけど、復興へのみちのりはまだ先だ。


私たちは、皆で2年前を受け止めなくてはいけない。
それは少し時間のあるときに思いにふけるだけでも良い。
今、東北はどうなっただろうかと、旅行に行くのでも良い。

それが、東北の元気にも繋がる。
そして、私たち自身にとっても、大切な時間となるのではないだろうか。


日本が生んだアフリカの巨人の話。


佐藤芳之氏は、1974年にケニアでKenya nut company(以後KNC)を創業した。当初は何も無い状態からスタートしたKNCだったが、今や4000人以上を雇用するケニアの一大企業となっている。Kenyaは、1人あたり10人の親族を養っていると言われているため、KNCは4万人の生活を支えている企業とも言える。

佐藤という1人の人間からはじまったKNCであるが、68歳にして佐藤氏はタダ当然で雇用してきたケニア人に会社を譲り渡したと。そして、今や経営にも一切タッチしていないと言う。

この事実を聞いて多くの人は、
「なんてクレイジーな人だ。」または「なんて良い人だ。」
などと感じるだろう。

今回、この佐藤氏の話から以下2つのことについて言及したいと思う。
「人は必要なくなる」
「原点に戻る」


「人は必要なくなる」

「人は必要なくなる」この意味とは、「人は自立する」ということである。自立とは、人が生きるために極めて重要なことでもある。もし、その自立のきっかけを人に与えることが出来たとしたら、非常に大きな価値だと私は考える。佐藤氏は、そのことを自ら語りはしない。これが、佐藤氏の凄みである。


自立とは難しいことである。
その原因には大きく2つあると思う。

1つは、自立すべき人が、上に立つ人に依存し続けてしまうこと。
もう1つは、上に立つ人が、いつまでも居座り続けてしまうことだ。

自立する側の学び取るマインドやポテンシャルと行ったものをここで言及するつもりは無い、今目の前にいる人がずっと居るそう思っているか否かで、人の自立可能性というのはぐんと変わるのだ。

企業とは、居心地の良い空間を作って居座り続けるものではない。
何かを成し遂げるために一時的に集まった同志なのである。

だからこそ、上に立つ者は、いつかは去るべきなのだ。
人は必要なくなるのが当たり前であり、そうなるのが、成功なのだから。

「原点に戻る」

佐藤氏は言う「自分の欲に上限を持つことが必要だ。なぜなら人は、人を支配したがり、人に頼られ、人の上に立つことで自分が偉くなったように勘違いしてしまう生き物だから。」。

「自分の欲に上限を持つこと」これは言い換えると「原点に戻ること」と言える。佐藤氏は、「そもそも自分は何のために今このことをやっているのか?」といったことをことあるたびに、顧みて、自分を見失わないようにするのだという。一人一人原点は違う。そして、誰にでも原点はある(あった)。けれど、長い年月がったり、為すことが大きくなり多くの人から注目が集まると、その原点は、多くのノイズによって霞んでしまう。そのときに、目先の気持良さに足を取られてしまうと、なかなか戻ってくることはできなくなってしまうのだ。

前述した、「上に立つ人が、いつまでも居座り続けてしまうこと。」これも非常に近い意味がある。

だからこそ、自分は何でこの会社を作ったのか。なぜこのアフリカの地に足を運んだのか。
そういったものを常に自分に問いかけ、自分の原点と生き甲斐を大切にしてきたからこその、彼の冒頭の功績とクレイジーな判断が出来るのだ。

というより、彼の原点からしてみれば、それは当たり前のことをしただけなのだ。


みなさんも自分の原点について、考えてみてはどうだろう。

HASUNA取引先工房@ルワンダ

ルワンダにて、HASUNAさんの取引先工房を見学させていただきました。そのときの様子について今回はレポートを残しておきたいと思います。



HASUNAとは?

HASUNAは、エシカルジュエリーを取り扱う日本の会社です。

エシカル(Ethical)とは、“倫理的な”“道徳的な”という意味です。
ジュエリー(Jewelry)とは、そのまま、宝石という意味です。

ジュエリーは、世界中で富裕層向けに売買されている高級品として知られていますよね。ですが、実はそのジュエリーは、発展途上国の人々の過酷な低賃金労働によって、生産されていることもあるのです。

先進国に住む私たちは、そのような実体を知ることもなく、お祝いごとにジュエリーを購入することもあるでしょう。

ですが、見た目の美しさだけでなく、目に見えない美しさも考えて消費活動を行いたいと思いませんか?

あなたの消費活動によって、発展途上国の生産者の生活の自立と、低賃金労働で生活に苦しむ人々を減らすことが出来るのです。これがエシカル思考といわれます。

HASUNAは、「美しく輝くジュエリーの裏側に、社会の暗部が横たわっているべきではない」という考えのもと、事業活動を行っています。

世界各国の工房と取引をして、適正価格でジュエリーの販売を行っています。このことが、現地工房の人々の生活の自立と技術進歩の手助けにもなるのです。

これが、ボランティア活動ではなく、ビジネスとして成立させているわけですから、素晴らしいことです。自社の成長とステークホルダーの成長、両方を実現する、まさにWin-Winの関係です。



ルワンダにて
今回、私は牛の角を扱っている、ルワンダの取引先工房を訪問させていただいたので、現地の様子を報告させてもらいたいと思います。


首都Kigaliの中心地より車で30分ほどのところに工房はありました。


初対面の僕を暖かく迎えてくれました。



工房の看板も新調しているようです!



このルワンダの工房「アトリエウムリモ」では、牛の角を加工して、主に日本やドイツなどに出荷しているそうです。

早速、工房の中の様子も見学させてもらいました。
こじんまりとした石造りの工房の中では、職人さんが、黙々と牛の角を加工しています。7人の職人さんがこの工房で働いています。


このような牛の角を、さまざまな形に加工して、製品にしていくそうです。

中をくりぬいて使うそうです。



これは、ネックレスのパーツになるそうです。


イヤリング


キリンの形のキーホルダー


全てこの工房だけで、作ってしまっているのですから驚きです。




一室には、加工済みの牛の角が大量に!
全て食用の牛から、不要になる角を有効利用しているそうです。



日本人のサポーターである加藤さんが訪れた際の写真を手に、当時の様子を嬉しそうに語ってくれました。彼は工房を案内してくれたPaulです。とても丁寧な英語で説明をしてくれました。(かなりのイケメンです。笑)




感謝の気持と、こだわりをもって仕事をしているようすが、節々から伝わってきます。




お昼ご飯は、毎日、工房にて自炊しているそうです!

僕も、一口いただきました!
(おそるおそる口にしましたが、予想を超える美味しさでした。笑)




そして、工房の皆さんと記念写真!

別れの前には、彼らが心を込めて作った製品を購入させてもらいました!(購入の様子)

Paulお得意のドヤ顔のワンショット!笑



お別れの際も、皆で手を振って見送ってくれました。ほんとに愉快で気持の良い人たちです。


ここで買ったエシカルな商品、大切に使っていきたいと思います。


今までは、エシカルという言葉は聞いたことがありましたが、実際の製造の現場を知りませんでした。今回実際に行ってみて感じたのは、「皆が楽しく仕事に励んでいる。生き生きとしている。」ということでした。私たちの消費が、彼らの笑顔に繋がり、私たちの笑顔にも繋がるのならば、これほど良いことはないだろうと感じました。


大切な人に贈り物を考えたとき。大切な記念になにかを、と考えたとき。
あなたもエシカルを考えてみてはどうでしょう。

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HASUNAの商品

ケニア滞在レポート2th


こちらKenya,Nairobi,午前7時。今日のNairobiは曇り。
今のKenyaは、時期的に今は雨期らしい。


昨日は、人と関わることが多い一日だったが、一朝一夕の人との関わりだけでは知れないことを知った一日でもあった。

人をつくる環境とはなにかと考えさせられることになった。


行ったところ
・ナイロビ大学
・駐ケニア日本大使館



・ナイロビ大学(University of Nairobi)

日本で言うところの東京大学がこのUniverssity of Nairobi



かなり立派なキャンパスで、驚いた。そして、誰でも入ってきていいよといわんばかりの、堂々たるキャンパス。

早速、侵入。




入ってすぐのところに大きくVisionとMission,Core Valueを掲げていた。なんと立派な。




まさに西欧のキャンパスライフを彷彿とする見事な芝生。木陰には大学生がおしゃべりを楽しむ景色も。



キャンパスを歩き回っていたんだが、EconomyからEngineeringまで教育範囲は、かなり幅広い様子。そこらへんの暇そうな大学生に興味のある分野を聞いてみるとInformation Technologyという学生がかなり多かった。キャンパスの半分はComputer Scienceの校舎だった。




図書館を覗いてみるとComputer Scienceの本棚も。本の数はまあまああるのだけど、内容は数年前のものが多い感覚。



東洋人というか、Non Blackは私だけで、相当浮いていたと思う。
(しかも3時間くらい居座っていたから。笑)

その割に物珍しそうな顔で見たり、怪訝な態度を取る人も居なかった。
キャンパスだけではなく、学生からも世界基準を目指す先端の大学だなと感じた。


個人的な反省点としては、ビビってたから、なかなか学生に話しかけれなかったこと。精神的なチキンさと、根本的な言語力に問題ありとして、反省。。



・駐ケニア日本大使館(Embassy of Japan)


日本大使館には、私が尊敬してやまないKenya nut Company創業者の佐藤芳之さんを紹介してほしいという下心があって訪問した。



大使館に併設されている日本文化センターというところから、大使館を訪問したのだが、日本人でなんで、ケニアまで来てなんで日本文化に触れてるんだろうと思って笑った。

やはり日本文化と言えば、漫画なようですね。


センターのケニア人の女性の方には、「One Pieaceはまじでおすすめだから読んだ方が良いよ!」とごり押しされた。彼女はゾロとロビンが好きなようです。




その後、日本人駐在員と話したいということを話すと、紹介していただき、お話しできることに。







そこで話した内容は、主に治安について、それも5年前の大統領選挙時の荒れた様子についてだった。選挙日から約一ヶ月は、このNairobi市内は、デモ、放火、惨殺が相次ぎ、路上から人は一切消えたという。

Nairobiの主要大通りは、不当選挙に異議を唱える人々が、山刀を片手に惨殺を行っていたという。

ルワンダの虐殺を映画化した「ホテル・ルワンダ」でも山刀による虐殺がむごいほど描かれていた。それがすぐに頭によぎった。

(このNairobi地区だけで1200人の死者と50万人の難民を出した。)


特に大学生は、政治家と変わらないほどの勢力を持つ者もおり、デモ活動を推進したという。


みなさんは想像できるだろうか。

人当たりが良くて、フレンドリーで明るい人たちが、つい5年前に今自分がいるこの場所で、惨殺を経験していたなんて。

知人が殺された人も居るだろう。もしかしたら、人を殺めた人も中に入るだろう。


そして、その原因となった5年に一度の大統領選挙が、あと一週間後に訪れるなんて、信じられない。平和を願ってやまないけど、その気持ちは町のみんなも変わらないと思う。


どんなものよりも恐ろしいのは、人だ。それは、世界共通だ。

人を作るのも環境である。環境を作るのも、結局は人。
残酷だけれど、目をそらさずに向き合いたい。

どんなに頑張っても、日本人の自分には、ケニア人の当事者になることは出来ないかもしれないけど、時間をかけて考えたいと思う。


(テレビでは選挙活動の放送ばかり)






そしてその後、駐在員の方が佐藤芳之さんに電話をしていただき、「ああ、日本で私のことを探しまわっている学生か。」と佐藤さんは私の存在を察知していおいでたようで、お会いしていただけることになった。

Kenya nut Company の工場の見学についても、そこでの話の中で可能になればと思う。

私がアフリカに行く理由。

こちら、ケニアのナイロビ午前6時です。
日本はお昼でしょうか。

ここで一度、
「私がアフリカに行く理由。」を整理しておきたいと思います。


ひとことで言ってしまうと、「面白そうだから。」です。


自分の思っている当たり前が壊れる感覚や1人で全く違う世界に突っ込んでいくという感覚は、怖いけど面白いものです。

今自分が生きている世界がどれだけ狭い世界なのか。それをヤバいくらいに認識できます。それは、観光スポットではなかなかできません。圧倒的に違う世界に身体1つで突っ込んでいくことで得られることです。当たり前にとらわれるということが、私にとっての最大のリスクだと思っていゆえのことです。


同時に、日本の素晴らしさを再認識するときもあります。
(ほんと、日本は奇跡の国だと思います。もてなしの心。日本製品の海外での進出っぷり。)


日本での議論がほんとちっぽけに感じることもあります。
(日本では国に対して不満ばかり言うのに、選挙すら行かない人が大多数。ですが、ケニアでは前回の大統領選挙のデモ活動で10万人の避難者と1000人の死者が出るほどの事態が起きています。その対局を知るためにも、あえて大統領選挙日と渡航を被せてみました。)


私には、ビジネスで世界を少しでも良い方向に「変えたい」という思いがあります。

その中で、非常に多くの人が直接足を運んだことも無いのに、憶測やメディアからのイメージで現地の話をしているのを聞くと、とても違和感を感じます。世界について考えるならば、やはり自分の足で現地に足を運ぶことが、リスクを負ってでも、最低限必要なことだと思うのです。


また、今回の渡航で考えたいと思っていることが2つあります。
・ビジネスが与える価値
・教育、マネジメントの可能性
というものです。

その目的あって、
Kenya nut company,
HASUNA,
Organic Solutions Rwanda 
という日本人の方がケニアルワンダにて事業活動を行う企業を訪問させていただく予定です。



・ビジネスにおける価値とは何か。

ビジネスとは、事業活動によって何らかの問題を解決し、その対価として顧客から利益を得るというもの。すなわち、ビジネスの本質は問題解決だと私は思っています。

しかし、この本質は見失われやすいものではないでしょうか。
なぜなら、利益を得ることと、問題解決をすることは必ずしも同じベクトルではないからです。

特に日本のような富裕国では、一定の所得を持つ人から、いかにして収益を得るかというビジネスモデルを考えた方が、利益を考えやすい。

逆に、前述した問題解決を前提とする事業を考えると、ソーシャル・ビジネスやBOPビジネスというくくりで、称されてしまうのが現状だと思います。

ビジネスに貴賤は無いけれど、私は「与える価値」というものを第一に考えたい。利益の次に、与える価値を置くということはしたくないと思うのです。

私はこの機会で、今一度、嗜好性の高いビジネスではなく、問題解決というビジネスの本質に立ち返りたいと思っています。

アフリカのように、生きるか死ぬかが身近である国や地域で成立するビジネスでは、嗜好性を求められない。

日本で知ることが出来ない何かがある、と私は考えています。

特に、日本よりも遥かに厳しい環境でビジネスを展開するにはゆるぎないビジョンや経営方針がなくてはできないことだと感じます。
日本人でありながら、この地で奮闘されている方と関わることで、ビジネスが与える価値について今一度、考えたいと思っています。



・教育、マネジメントの可能性

教育やマネジメントによって、自立・自律型の個人あるいは組織をゼロから創ることはできるのでしょうか。

アフリカでは、遅刻は悪いことではない、嘘をつくことは当たり前、ごみはその場に捨てるだけ、などといった文化があると聞きます。(そして、それはだいたいは真実だと分かりました。笑)
これらは、組織マネジメントにおいて、致命的なことです。

考えてみてください、みなさんの会社の社員が、みんな上記のようなことを常識としていたら...。
会社はすぐに立ち行かなくなるでしょう。

しかし、これがアフリカのデフォルトなのです。

もし、こういった人の習慣を教育やマネジメントにおいて良い方向に変えることができるのならば、それは、生きる環境を劇的に変える「きっかけ」になると思います。

飢餓や紛争という印象が根強いアフリカを、教育・マネジメントによって人間の後天的な部分から変わるきっかけを与えることができるのならば、それは人を変えることであり、世界を変えることに繋がると私は思います。

組織は、何かを為すための手段にすぎないですが、その組織における教育やマネジメントによって、個人の生き方そのものを良い方向に動かせるのならば、それはマネジメントとして最高のものでしょう。

それが可能なのか、私は上記の企業で見てきたいと思います。



私には、変えたい世界があります。
「何かやりたくても出来ない環境下に生きる人たちがいる中で、何でもやろうと思えば出来る環境に生きる人たちが、やりがいを持てずにいるという矛盾。」

これは、ひとつの問題意識にすぎませんが、そういった自分の中にある問題解決をするときに、このようなクレイジーな経験が大きな武器になってくれると私は信じています。